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日本一古い地層

 ~5億年前のカンブリア紀の地層~
    茨城県北ジオパークの重要ジオポイント
 日立市は、太平洋に面し海沿いの狭い地域に発達した町で、その大部分は阿武隈山地の南部、多賀山地とも呼ばれる低い山地で占められています。 地質としては、日立変成岩類と呼ばれ、原岩の地質時代が不明なものが多く、日本列島基盤岩の構造区分の中でその所属が常に問題となってきたそうです。 これが、古生代の日本の地層の成り立ちがわかる大変貴重なものだということが最近わかりました。
 地質学の研究を続けてきた茨城大学理学部の田切美智雄教授は、2008年、日立変成岩の一部が約5億600万年前のカンブリア紀の地層であることを発表しました。 それまで日本最古とされてきたのは岐阜県のオルドビス紀(約4億9000万~4億4000万年前)の地層でしたが、この発見で、日本列島が出来上がってきたと言われるパンゲア大陸よりもさらに前のゴンドワナ超大陸時代からの日本列島の成り立ちがわかるのではと期待されています。 日本は地殻変動の激しいところなので、あまり太古の地層は残っていないのですが、日立のこの地層は、当時中国大陸の縁の海底にあったものらしいです。 これほど広範囲の古生代の地層は他にはなく、日本列島の始まりはこの地域だったのではないかと田切教授は推測しています。
 田切教授は2010年茨城大学を退官後、茨城大学名誉教授に就任するとともに日立市郷土博物館の特別専門員として、今も研究を続けています。
 田切特別専門員は2010年、さらに古い5億1100万年前の地層を常陸太田市で発見しました。この地層は日立市に続く一帯に広がっているもので、日立市の地層が最古ではなくなった、というわけではありません。
 日立市内でこの日本最古の地層が観察できるところは、小木津山自然公園と、小木津不動滝付近の東連津川流域です。
 小木津不動滝は、滝の高さ約12m、幅6mの堂々とした滝で、傍らには2基の不動明王の石仏があります。 不動尊をまつる祠堂があり、「修験妙楽院が奉仕するところ」と記録されています。 まわりには杉の大木が生い茂り夏なお涼しい所で、集落からさほど離れていないところとは思えない、神秘的な空間となっています。

小木津不動滝
           小木津不動滝

 東連津川流域には古くから小木津石という名前の岩石が知られていました。表面の凹凸はほかに類を見ません。岩質は非常に硬く、加工には不向きです。 この岩石は、ジルコン年代測定でカンブリア紀の変成花崗岩質岩類であることがわかりました。 靖国神社の庭の池には全国の有名な石が集められていますが、その中に小木津石も含まれているそうです。 不動の滝は、2003年NHK大河ドラマ「武蔵MUSASHI」の撮影が行われて一躍脚光を浴びたところでもあり、小木津山自然公園の北側に位置しています。
 小木津不動滝右手から山奥へ通じる林道を歩いて行くと、林道沿いに地層の露頭が見られます。 何度も変成を受けたカンブリア紀の地層、そこに貫入した花崗岩などが観察できます。 このあたりに落ちている石を拾ってみればほぼ間違いなくそれは日立変成岩、日本最古の地層の石です。
 道は東連津川に行きあたって終わりになっています。 この川をさかのぼれば、約5億年前のカンブリア紀の変成花崗岩と約3億5000万年前の石炭紀の変成礫岩の不整合面が見られる、地質学上とても珍しい場所がありますが、案内がなければとても行けないような危険な場所なので、こちらは専門家の方以外にはお勧めできません。 (道はありません。川の中や林の中を突き進んでいきます。たとえたどり着けても、案内板があるわけでもなく、とても識別できません)。

5億年前と3億5千年前の地層の不整合面
   5億年前と3億5千年前の地層の不整合面

 これに比べ、すぐ近くの小木津山自然公園は、公園内で何の苦労もなく日本最古の地層を観察できます。
 小木津山自然公園は、JR小木津駅から徒歩10分、常磐自動車道日立北ICから車で約10分、不動滝の南側に位置します。 約65ヘクタール、自然林の中の遊歩道を気軽に森林浴を楽しみながら散策できる公園です。 四季折々の花や野鳥を観察できるほか、展望台からの眺めも最高です。この公園の入口からすぐ地層スポットがあります。 わかりやすいのは道沿いに流れる小川の周辺。
 小川沿いに右側に曲がると、カンブリア紀の地層が前面に露出している場所が見られます。変成花崗岩と言い、もともとかなり堅い岩石ですが、何回も変成作用を受けているため、たたくとボロボロと崩れてしまいます。

小木津山自然公園内の地層
           小木津山自然公園内
小木津山自然公園内の小川
           小木津山自然公園内

 茨城県内には、興味深い地質ポイントがたくさんあり、茨城大学と県北市町村では茨城県北ジオパーク構想に取組み、2011年9月、日本ジオパークの認定を受けました。 ジオパークとは、科学的に貴重な地形や地質に考古学的・生態学的もしくは文化的な価値のあるサイトを見所とする「大地の公園」です。 日立の日本最古の地層は、茨城県北ジオパークの最重要ポイントのひとつです。

 日立市のかみね公園南駐車場内には「かみね公園ジオサイト」の看板が設置され、カンブリア紀後期の地層の上にあるかみね公園で見られるたくさんの露頭や、茨城県北ジオパーク構想について説明しています。

  茨城県北ジオパーク構想のページ 
  茨城大学地質情報活用プロジェクトのページ   

 岩石関連として、日立でもう一つ見ておきたいのは堅破山(たつわれさん)。
花貫花園県立自然公園内にあり、ハイキングコースが整備されていますが、非常に特徴的な奇石が道沿いに多く見られます。
もっとも有名なのが「太刀割石」で、直径7mもの巨大な岩が2つに割れているような姿を見れば、八幡太郎義家が神様から授かった太刀で真っ二つに断ち割ったとの伝説を信じたくなるでしょう。 他にも八幡太郎義家にまつわる伝説が残る畳石や烏帽子石など、たくさんの巨石があります。成り立ちがそれぞれ異なり、土石流で運ばれた「不動石」や、 崩落した石が砕かれてできた「烏帽子石」「手形石」、斜面から滑り落ちて堆積した「畳石」、そして岩石が風化してできた「甲石」「神楽石」などです。

太刀割石
           堅破山の太刀割石
太刀割石に乗る子どもたち
       太刀割石は20人乗ってもまだ余裕

 最後に、常磐自動車道の日立中央ICから5分ほどの場所にある「日鉱記念館」を紹介します。
 日立鉱山の跡地に開設し、日本の代表的な銅山だった日立鉱山の歴史をたどることができる施設です。
 日立鉱山は、中世ごろから採掘が始まり、江戸時代に水戸藩によって本格的に開発されたが採算がとれるには至らず、明治時代にも採掘は続いたものの、鉱害問題もあって経営は難航していました。 これを明治38年に久原房之介が買い取って日立鉱山として本格的に開発し、日本を代表する銅山にまでなったのです。
 日立鉱山は1981年閉山し、その後鉱山跡地に日鉱記念館が建てられました。日立鉱山の歴史や、当時の鉱夫の生活などを見ることができる資料館です。 ここには鉱山資料館もあり、日本や世界各地の鉱石標本が集められています。興味のある方はぜひこちらも見て行ってください。(入場無料)

日鉱記念館の外観
              日鉱記念館

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